NRIの画像解析AI技術でインフラ点検業務を改革

毎日何気なく利用している道路やトンネル。
誰もメンテナンスのことなど気にしていないが、メンテナンスの要らない設備は一つもない。
しかも日本の交通インフラには大きな特徴がある。
それは戦後の高度経済成長期に一気に整備されたということ。
つまり老朽化の波も同時にやってくる。
実際、2030年には交通インフラの50%以上が建設から50年を経過する。
点検・補修、更新という重く大きな課題が日本の未来に立ちふさがっているのだ。
NRIは得意とするAI技術を駆使してその解決に挑んでいる。

矢野 誠一郎Seiichiro Yano
システムコンサルティング事業本部DX事業推進室

人に頼った点検業務をNRIのAI技術で効率化できないか?

きっかけは独自開発の探査車で道路やトンネルの点検業務を担う三井造船(現 三井E&Sマシナリー(*)からの相談だった。同社は最高80km/hで探査車を走行させながら、レーダやレーザによる路面ひび撮影や路面下空洞の内部探査、及び、高精度ラインセンサカメラを活用したトンネル壁面ひびの撮影が可能、といった高い計測機器技術を持っている。
しかし悩みがあった。データ計測画像の解析が、もっぱらベテラン技術者の目視作業に頼るものだったからだ。例えば道路空洞点検の場合、現地の二次調査を実施する場所を特定するには、探査車で計測した全工程の一次計測画像を目視で解読する作業が欠かせないが、膨大な時間と労力が必要だった。そのため、せっかくの高度な計測機器技術も人間の目視がボトルネックになり、急増するインフラ点検業務のニーズに十分に応えることができない。
ベテラン技術者頼みの解析作業をAI技術でなんとか自動化・効率化できないか、また技術者による解析結果の偏りを平準化できないか――それが三井E&Sマシナリーの要望だった。

※ ホールディングス会社への移行に伴い「三井E&Sマシナリー」に変更
三井E&Sマシナリーは、船舶用ディーゼルエンジン、港湾クレーンに代表される海上物流輸送領域に欠かせない様々なマシナリーの開発、設計、製造、保守を担う企業。各種の産業機械、社会インフラ設備も手掛ける。

AI技術者と業務コンサルタント。それぞれのスペシャリストでチームを編成

「できるか?」――社内で検討を託されたのは、システムデザインコンサルティング部の矢野だった。学生時代に矢野は画像解析を学んでいたため、先方が求めているものは察しがついたし、ぜひやってみたいと思ったという。「交通インフラの点検・保守は、現在の日本の大きなテーマですが、人手も時間も足りません。少し前の中央自動車道笹子トンネルの天井崩落事故やJR博多駅前の道路陥没事故など大きな社会問題にもなっています。NRIの技術で交通インフラの維持管理に貢献できれば、その意義は非常に大きいと思いました」。
矢野はまず計測画像のサンプルデータを預かり、AIでどこまで分析できそうかを検討。これは出来るのではないかという感触を得て、チームを立ち上げた。AIのスペシャリストは欠かせない。そしてもうひとり、業務改革に長けたベテランのコンサルタントに声を掛けた。リーダーは矢野だ。
ところが、スタートしてすぐ大きな壁にぶつかってしまった。

何のための技術か? 常に業務視点で見直す

AIの学習データとなる計測画像データが潤沢ではない――それが問題だった。AIを機能させるためには大量の学習データが必要だ。しかしそれが潤沢とはいい難かった。AI技術者は、例えばひびの場合は、画像を拡大・縮小・回転する、一般的ひび画像も収集するなどで学習データを増幅し、また空洞の場合は、空洞以外の画像は空洞ではないと学習させるなどで工夫を凝らしてモデル精度向上を試みた。しかし、精度は向上したが画像単位での精度は中々満足いくものにはならなかった。技術者は、この状況ではAIの活用は難しいという見解に傾く。矢野もこれ以上は……と打開策に窮した。しかしこのとき、チームの業務コンサルタントが口を開いた。
「空洞探査であれば、一次調査ではこの周辺に空洞があることさえわかれば、業務効率化につながる。一枚一枚の画像単位でみたらAIによる空洞の見落としがあるかもしれない。でも空洞の塊単位で空洞を見つけたかどうかという評価をすれば、空洞の塊は漏れなしで全て検出が出来ている。業務視点では、空洞の塊単位でAIの適用性を評価するのが適切だよ。技術としては確立できているので今後AIの精度は学習データがたまれば更に向上していく。むしろ今詰めるべきはAIの精度向上ではなく、AIでの予測が外れた場合どのような仕組みで外れを検知するのか、リカバリーする方法はどうするか、という業務上のことだと思う」と。その言葉が活路を開いた。

社会インフラを次世代に受け継ぐコア技術として

AIを使う以上、その精度をできるだけ高めたいと誰もが思う。しかし、人に頼った一次調査を効率化するという “業務目的”に照らせば、確かにAIは役割を果たすレベルに達していた。実際、トライアル運用に携わった三井E&Sマシナリーの担当者も、従来の目視による判定に比べて、空洞で7割、ひび割れの抽出で9割の時間短縮となり、今後の大きな効果につながると喜んでくれた。
矢野は言う。「NRIに求められていたのはAI技術だけではなく、業務、システム、ビジネスという全ての面でのトータルな支援であり、ビジネスパートナーとしての役割だったと思います。それぞれのプロフェッショナルの力を結集することでそれが果たせました」と。

AIを駆使した新システムは、三井E&SマシナリーとNRIの共同での運用を開始した。AIモデル精度が向上するに従いインフラ診断の大幅なスピードアップが実現し、インフラ点検では、AIによる診断が標準になっていくだろう。さらにその先への展望も見え始めていると矢野。「計測画像データが蓄積されていくことで画像診断の精度が上がり、時間やコストの削減はさらに進むと思います。そうなれば、何年に1回の一斉点検という概念そのものをなくすことができる。交通インフラの点検・維持管理にまったく新しい世界を切り拓くことができるかもしれないんです」。
総人口の減少が進み、地方の衰退が懸念される日本で、それは極めて大きな価値をもつものになると矢野は確信している。

※内容はインタビュー当時のものです。